福島第1 甲状腺ガンの実相

5月18日、福島県が事故当時18歳以下だった子どもたちに対する『甲状腺検査』の最新データを発表しました。

44万4,988人の受診者の中で、甲状腺ガンの確定が103人。100万人あたりにすると231人。通常、100万人に1人と言われる子どもの甲状腺ガンが、福島第1事故による放射線被ばくで激増しているのです。

この最新データを当方で整理したものが下の表です。

上半分が2013年度で完了した1巡目検査。下が2巡目検査です。ただ、2巡目検査で、”悪性または悪性の疑い”と診断されながら、経過観察で手術に至っていない例が多くあり、2巡目検査のデータを最終的な結果として扱うには無理があります。

そこでここでは、データとしては、2011年度から2013年度に実施された一巡目検査の結果に依拠して話を進めることにます(表の上半分に注目してください)。

●300倍以上の確率
2011年度から2013年度を見ていくと、総受診者数=299,543人中、甲状腺ガンの確定が98人。100万人あたりでは327人という高い確率になります。通常の300倍という高率で子どもの甲状腺ガンが発生しているのです。

「現時点で事故の影響は考えにくい」とする福島県(県民健康管理調査検討委員会)、福島県立医大、そして国の態度は、信じがたいものです。

●スクリーニング効果は考えられない
「現時点で事故の影響は考えにくい」とする福島県や国が、根拠としてあげているのが”スクリーニング効果”です。これまでに例のないような詳しい甲状腺検査を行っているので、今までなら見つからなかった甲状腺ガンの患者が見つかっていると言うのです。
本当でしょうか?

この説を信じるなら、これまで子ども100万人あたりで326人の”隠れた甲状腺ガン患者”がいたことになります。彼らは皆、自然治癒したのでしょうか?それとも、甲状腺ガンが発症する前に別な病気で亡くなった?
甲状腺ガンは成長が遅いともいわれますが、327人中1人だけが子どものうちにガンが見つかり、他の326人は大人になってからガンが見つかった… あり得ないでしょう!

●チェルノブイリにおけるスクリーニング効果
スクリーニング効果と並んで、「現時点で事故の影響は考えにくい」の根拠とされるのが、「子供の甲状腺ガン急増は原発事故から4、5年後」という説です。これはチェルノブイリのデータに基づいています。
では、本当にチェルノブイリの甲状腺ガンは、4、5年後から急増したのでしょうか?時系列に沿って検証してみました。

■1986年4月26日
旧ソ連、チェルノブイリ原発4号炉で過酷事故発生。

■1988年~1989年
チェルノブイリ周辺で、すでに子どもの甲状腺ガン多発の事実。
ミンスク第一病院 ビクトル・レベコ部長の証言「わたしたちは、放射能が人間に与える影響というものは、事故後10年から15年経って出てくるものだと思っていました。しかし実際には1988年から89年にかけて子供たちの甲状腺ガンが急激に増えてきました—過去に経験がないのですから仕方がないと言えばそうなのですが、医師として不注意でした」(チェルノブイリ小児病棟 ~5年目の報告~)
http://www.youtube.com/watch?v=MLNUEZCYGrE
【5分48秒~】

■1989年秋
当時のソ連首相ルイシコフがIAEA(国際原子力機関)にチェルノブイリ事故の調査を依頼(→ソ連政府が日本を含む各国へ医療協力を要請)

■1990年4月
IAEAが発足させた『チェルノブイリ原発事故をめぐる国際諮問委員会(IAC)』の委員長に重松逸造氏が就任。各国から集められた200人の専門家集団の責任者となる。ソ連国内の汚染状況と住民の健康の調査、住民の防護対策の妥当性の検討を目的とする『国際チェルノブイリプロジェクト』が動き出す。

■1991年5月~1996年4月
『国際チェルノブイリプロジェクト』の一貫として、チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトによる小児検診実施(1976年4月26日から1986年4月26日までに生まれた子供を対象)。その中心となったのが山下俊一氏(福島県立医科大学副学長・福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)。
○山下氏らが甲状腺の小児検診を実施した施設:
ゴメリ州立専門診療所(ゴメリ市、ベラルーシ)
モギリョフ州立医療診断センター(モギリョフ市、ベラルーシ)
ブリヤンスク州立第2診断センター(クリンシィ市、ブリヤンスク州、ロシア連邦)
キエフ州立第2病院(キエフ市、ウクライナ)
コロステン広域医療診断センター(コロステン市、ジトミール州、ウクライナ)
○検診延べ数:
16万人(この内、重複受診者や検診データの不完全な者を除いた内12万人分のデータを集約)
→64人の甲状腺ガン患者を発見(100万人当たり533人)

参照:チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクト報告書

ひとつ言えることは、チェルノブイリ事故直後のソ連には、ヒロシマ・ナガサキの曖昧なデータに基づく、「放射能が人間に与える影響というものは、事故後10年から15年経って出てくるもの」という間違った常識があって、放射線被ばくによる晩発性障害について、警戒が疎かになっていました。
加えて、1986年から1991年といえば、ソ連最後の5年間です。政治的混乱の中、医療関係者がいくら頑張ろうとしても限界があったことは想像に難くありません。この時期、発見されるべきだった甲状腺がんの患者が見落とされていた可能性は大です。

1990年になって、ソ連政府は、チェルノブイリ事故に関して、それまで積極的には受け入れてこなかった外国の調査や医療支援を逆に依頼するようになります(その背景には、どうにも対処しきれない深刻な事態とゴルバチョフが進めていたグラスノスチ(情報公開)政策があったと思われますが、ここでは深入りしません)。

そして、山下俊一氏らが、チェルノブイリの汚染地域に最新の検査機器を持ち込んだのが、1991年5月。以後、5年の間に、多くの小児甲状腺ガン患者を見つけるのです。他国の医療チームも検査を進めたし、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアにも、新しい機器が入ったでしょう。それ以前から検査態勢が一新され、ここでスクリーニング効果が起きた可能性が高いのです。ちょうど、事故後5年。子どもの甲状腺ガン患者がたくさん見つかるようになり、最終的には6千人にもなりました。
チェルノブイリの例をもって、「子どもの甲状腺ガンは、被ばく後、4~5年後から」と言う主張に、まったく根拠がないことがお分かり頂けたかと思います。新しい機器を用いた当時最新の検査が始まったせいなのです。対して、福島第1の汚染地域では、最初から最新の検査機器が使われています。
そして、そのことを一番良く知っているのは、山下俊一氏たちなのです。事故後5年後以降のチェルノブイリで、それまで見逃されていた子どもの甲状腺ガン患者を発見したのは、彼ら自身なのですから。
その山下俊一氏らが、声高に「子どもの甲状腺ガンは、被ばく後、4~5年後から」と主張し続けるのは、もはや悪意としか言いようがありません。そして、山下氏らを重用し、福島第1事故の被害を少しでも小さく見せようとする日本政府の姿勢もまた悪意に満ちたものと言わざるえません。

さらに今、超音波を使った検査で異常が発見されても、なかなか細胞診を実施しなかったり、細胞診で「ガンの可能性が高い」と判断されても、「経過観察」として、手術を実施いなかったり、という例が増えているとの報告もあります。許しがたいです。
福島第1の汚染地域で発生している300人に1人という高い確率の小児甲状腺ガン。この現実から目を背けるわけにはいかないのです。

 

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