トリチウムの恐怖(前編)

福島第1原発の汚染水漏れに関連して、トリチウムという放射性物質に注目が集まっています。
「どんなフィルターを使ってもトリチウムは取り除けない」といったニュースを記憶している方も多いと思います。

汚染水漏れそのものについては、あまりにずさん、あまりに行き当たりばったりの話で、目を覆うばかりです。ただ、他所でもたくさん扱われていますので、ここでは、特にトリチウムに注目して考えていきたいと思います。というのは、トリチウムは、「人類と核」「人類と原子力」いや「地球と原子力」を考える上で、たいへん本質的な問題を突きつけているからです。

分かりやすく言えば、トリチウムとは放射性水素のことです。
たとえば、セシウムならば、セシウム133は安定核種なので放射線を出しません。セシウム134やセシウム137は、たいへんに危険な放射性核種です。崩壊する時にβ線やγ線を出します。
原子名の後ろの数字は質量数といって、原子核の中にある陽子と中性子の数の合計。「原子の種類は陽子の数によって決まる」ので、放射性であるかどうかは中性子の数によるということです。

さて、セシウムと同じように同じように、水素にも放射性のものとそうでないものがあります。
まずは下の図をご覧ください。

一番左の「軽水素」というのが普通の水素。自然界に存在する水素の99.985%が、この軽水素です。原子核には陽子が一つで中性子はありません。原子核のまわりを電子が回っています。

さて、水素ってどこにあるの?
もっとも身近な存在は「水」です。水が2個の水素原子と1個の酸素原子で出来ていることは、多くの方がご存じの通りです。
水道水や雨水、河川や海だけではありません。動物の体の中に含まれる水分、地中にある水分、植物の水分…
また、ほとんどの有機物(アミノ酸、タンパク質、脂質など)にも水素が含まれています。水素は、ありとあらゆるところにあるということです。
そして、その大半は軽水素。原子名の後ろに質量数を付けると水素1。これが軽水素です。

図の真ん中は重水素。これも自然に存在する放射線を出さない安定した水素です。存在比率は0.015%と少ないものです。原子核には陽子の他に、中性子が1個あります。従って、質量数を書き込むと水素2となります。

問題は一番右の三重水素。トリチウム(=水素3)のことです。原子核の中に陽子1個と中性子2個があり、不安定な放射性核種です。半減期=12.32年でβ崩壊し、ヘリウム3という安定した核種になります。
自然界では、宇宙線が大気中の窒素や酸素に衝突した際に、微量のトリチウムが生成されています。雨の中に含まれるトリチウムの濃度は、人類が核兵器や原発を開発する以前、0.2~1ベクレル/リットルでした。現在は1~3ベクレル/リットルで、最大で15倍、少なく見積もっても3倍になっています。
トリチウムは核爆発や原子炉内の核分裂反応によって、大量に生じるのです。

では、トリチウムによる被ばくの危険に話を進めましょう。
トリチウムが出すβ線は、非常にエネルギーが弱いものです。空気中では5mmくらいしか飛びません。仮に、人間の皮膚に当たったとしても、通過することができません。従って、外部被ばくは心配する必要はないというのが定説です。

一方、トリチウムは水や有機物に溶け込んでしまいますから、飲食を通して、体内に入ってきます。人体は、普通の水素とトリチウムを見分けることができません。内部被ばくへの警戒は怠れないのです。
トリチウムのβ線は、水中や体内では最大でも6ミクロン程度しか飛べません。これは、遠くまで届かないということですが、言い換えれば、トリチウムが出すβ線のエネルギーは、すべて近隣の細胞に影響を与えるということを意味しています。

下に、放射線による2種類のDNA破壊プロセスを示します。

①は、放射線によるDNAの直接破壊。放射線が電子をはじき飛ばしてDNAを破壊するので、『電離作用』と呼ばれます。
②は、放射線が水分子に当たって活性酸素を生じ、その活性酸素の化学反応によってDNAが破壊されるというものです。

トリチウムのβ線も例外ではなく、この二つの形で、DNAを破壊します。

しかし、ここまでは『トリチウムの恐怖』の「序」に過ぎません。他の放射性物質、放射性核種とは違う大きな恐怖がトリチウムにはあります。
次の記事で書くことにします。

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