ヤマトシジミ。
日本でもっとも一般的に見られるチョウです。この小さなチョウをめぐる論文が、世界的な科学雑誌・Natureに掲載されるなど、大きな反響を呼んでいます。
論文を発表したのは、琉球大学の大瀧丈二准教授(分子生理学)の研究チーム。このチョウに原発事故の影響とみられる異常を見いだしたのです。
日本語英語含めて、論文や参考資料がたくさんありますが、読みやすいのは、岩波書店の『科学』。まず、これを一読することをお奨めします。
他の論文等は、この記事の最後にまとめてリンクを貼っておきます。
細かいデータについては、論文を読んで頂きたいのですが、ここでは大瀧准教授のグループが明らかにした、原発事故によるヤマトシジミの異常を分かりやすくまとめてみましょう。
この研究は、大きく4つの観察・実験から成り立っています。それぞれの概要と結果を記します。
● 野外採集・外見比較
概要:
2011年5月と2011年9月という事故後間もない時期に、福島県内各地で多数のヤマトシジミを採集し、外見データを記録。比較のため、宮城県白石市、茨城県つくば市、東京都内でも同様の採集・観察を実行。
結果:
□ 福島第1原発からの距離が近くなるほど、卵から羽化するまでの日数が長くなる【発育遅延】
□ 同様に、原発からの距離が近くなるほど、前翅(前の羽)が縮小している個体が多かった【前翅矮小化】。
□ 2011年5月採集分で12%に、9月では28%になんからの外見上の異常が見られた【形態異常】
まとめ:
ヤマトシジミには、気温が低いと異常を起こす性質(コールドショック)があるが、福島で見つかった異常は、コールドショックとは種類が異なっていた。
● 飼育・交配実験
概要:
福島で野外採集したヤマトシジミを沖縄に持ち帰り、飼育・交配。比較のため、宮城県白石市のヤマトシジミでも同様の実験を行った。
結果
□ 福島で採集した個体を沖縄で飼育・交配した結果、子世代では親世代よりも高い異常率となった【生殖細胞に異常が起きている可能性大】
□ 孫世代においても異常が多く見られる【子世代の異常が孫世代に遺伝している可能性大】
まとめ:
明らかに原発に近いほど異常が多く、また、それが子世代・孫世代に遺伝している可能性を指摘。
● 外部被ばく実験
概要:
沖縄生まれのヤマトシジミに、人工的にセシウム137による外部被ばくをさせ、異常の発生を観察。
結果:
□ 被ばく実験によって、「発育遅延」「前翅矮小化」「形態異常」という、福島での野外データと同じ傾向が再現された。
まとめ:
この結果は、外部被ばくがヤマトシジミの異常に寄与している可能性が高いことを示している。
● 内部被ばく実験
概要:
沖縄生まれのヤマトシジミに、福島のカタバミと他の地方のカタバミを食べさせて、結果を見た。ヤマトシジミの幼虫はカタバミしか食べないので、内部被ばくの影響を明確に示せる。与えたカタバミに含まれる放射性セシウムの量は、あらかじめ計測してある。
結果:
□ 沖縄産のヤマトシジミの幼虫に山口県宇部市のカタバミを食べさせても、ほとんど死なない。福島市や飯舘村のカタバミを食べさせると、生存率が著しく低下。
□ 生存率の低下だけでなく、矮小化と形態異常も確認された。
まとめ:
この結果は、内部被ばくがヤマトシジミの異常に寄与している可能性が高いことを示している。
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こうしてまとめてみると、大瀧准教授たちが、実に緻密な研究を重ねてきたことが実感できます。それでも、文字面だけでは、なかなか分かり難いので、表にしてみました。
事故後間もない時期から、このような綿密な観察と実験を重ねてきた大瀧准教授たちには敬服の至りです。
この研究は、外部被ばくや内部被ばくが生命体に及ぼす影響を知る意味で、きわめて重要で貴重なものです。
海外の名だたる科学雑誌が次々と取り上げるのも、うなずけます。
しかし、日本で本格的に取り上げたのは岩波の『科学』だけ。福島第1事故を引き起こした当事者が、こんな姿勢でよいわけがありません。
加えて許しがたいのは、琉球大学が大瀧研究室に対する研究費をカットしたのです。文科省、国の意を受けてのことでしょう。ここまで来ると、原子力ムラなんて牧歌的な表現では足りません。もはや原子力マフィアです。
こういった有意義な研究に対して、大学や行政は全面的にバックアップすべきです。
私たちは、小さなチョウが命を賭して教えてくれる原子力事故の恐怖を肝に銘じるべきでしょう。人類を含むすべての生命体は原子力とは共存できないのです。
● 汚染地域におけるヤマトシジミの異常率の推移(2011-2013)
● ヤマトシジミにおける福島第一原子力発電所事故の生物学的影響の論文解説
● Natureに掲載された研究紹介記事【英語】:Fukushima offers real-time ecolab