多くの方がご存じ通り、福島で子どもの甲状腺ガンが急増しています。県内で行われている原発事故発生当時18歳以下だった子供に対する甲状腺検査は3年目。今までの医学的常識では考えられない数の患者が確認されているのです。
県が発表している「県民健康管理調査「甲状腺検査」の実施状況について」に基づいて、データをまとめ直してみると以下の表になります。
穿刺吸引細胞診で陽性だと、その90%が甲状腺ガンだと言われています。ですから、<手術=甲状腺ガン確定>の人数は、<悪性または悪性の疑い>の9割程度になるはずですが、データを見ると、<手術>に至ってない例が多くあります。これは甲状腺ガンは進行が遅いので、経過を見ているためと思われますが、少し心配です。
子どもの甲状腺ガンは、100万人に1人とか3人とか言われています。表の数字を見直してみましょう。福島では、ここ2年半ほど間に、<悪性または悪性の疑い>が100万人に243人の確率で、<甲状腺ガン確定>が100万人に109人の確率で見つかっています。通常の30倍から240倍の確率で、子どもが甲状腺ガンになっているのです。
「今までにない精度の高い検査をしているので、たくさん見つかっている」という研究者がいますが、これは嘘です。甲状腺ガンが自覚症状無しに自然治癒することはないからです。中にはガンの進行が遅くて、子ども頃にできたガンが大人になってから発見される例もあるかも知れませんが、それはごく僅かでしょう。いくら検査の精度が上がっても、100万人に1人が、100万人に100人とか200人になることはあり得ないのです。
さて、検査を主導する福島県立医大の鈴木真一教授は「甲状腺がんは最短で4~5年で発見というのがチェルノブイリの知見」と述べ、福島第1原発事故による放射線の影響を否定しますが、多くの人が「本当なのか?」と疑っています。
甲状腺ガンの急増という深刻な事態。少し視点を変えて考えてみます。
●チェルノブイリの曲解
まず、鈴木真一教授らが言うように、放射線被ばくを原因とする甲状腺ガンの発症は被ばく後4~5年以降というのは、正しいのでしょうか?
チェルノブイリ事故は1986年4月26日に発生。当時そこはソ連でした。1985年にゴルバチョフ政権が成立し、改革に手を付けたばかりの時期。7年間に渡るゴルバチョフ政権下、改革派と保守派の争いは熾烈を極めました。1990年にゴルバチョフは大統領に就任しますが、その翌年1991年の12月にソ連は崩壊。チェルノブイリ事故の主な被災地域は、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3つの国に分かれました。
これだけの記述で、チェルノブイリ事故後の4~5年間が、ソ連の政治的な大混乱期にあたることが分かります。その中で、献身的な活動を続けた医師や研究者たちの貢献に水を掛けるつもりはありませんが、最新の検査機器も無く、検診等も満足がいく形では進まなかったのは、想像に難くありません。
鈴木真一教授の親分格にあたる山下俊一氏(福島県立医科大学副学長・福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)がチェルノブイリで活動を始めたのは1991年です。チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトへの参加です(日本の戦後史の闇の部分を背負う笹川良一(1899-1995)が、なぜチェルノブイリ支援?という疑問はあるのですが、ここでは深入りしません)。
日本製の最新機器を積んだ巡回バスがウクライナ、ベラルーシ、ロシアの被災地域をまわり、受診した子どもの数は16万人に上ります。放射性セシウムによる内部被ばくや甲状腺ガンの検診などを行いました。
1991年から1996年の間に検診した12万人分(17歳以下の子どもと思われる)のデータが公表されていて、甲状腺ガン64例、結節が577例、甲状腺腫に至っては被験者数の1/3を越える4万2千人近くが陽性という記録が残されています。甲状腺ガンの数字を100万人あたりに換算すると533人に!これは恐ろしい数字です。
参照:日本財団(旧・日本船舶振興会)『チェルノブイリ原発事故被災児の検診成績』
ひとつ、ここで注目すべきは、チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトの現地での活動が始まったのが1991年、チェルノブイリ事故の5年後だということです。
ソ連ゴルバチョフ政権が、1990年頃から始めた各国への原発事故の救援要請を受け、世界中から医師や研究者がチェルノブイリへ入りました。笹川プロジェクトはその代表格と呼べるでしょう。1990年、91年を境にチェルノブイリの医療体制は大きく変わったのです。
これが子どもの甲状腺ガンの数とどう関係するのか?
それまで見つからなかった初期のガンも見つかるようになったのです(甲状腺ガンは進行が遅く、初期にはなかなか見つかりにくい)。だから、チェルノブイリでは、事故後4~5年以降に子どもの甲状腺ガンが多く”見つかる”ようになったです。
大切なのは、”それまで見つからなかったものが見つかるようになった”という点です。山下俊一氏ももちろん、自分たちを始めとする世界の最先端をいく医療チームが入ったことが、検診結果に影響しているのは分かっていたはずです。
しかし、彼はそのデータを曲解します。「チェルノブイリでは事故後4~5年経つまで子どもの甲状腺ガンは発症していない」と… 見つけられていなかっただけなのに。
これが、子分の鈴木真一教授が言う”チェルノブイリの知見”の正体です。鈴木教授自身、それがデータの曲解に過ぎないことは、百も承知でしょう。しかし、政府と東電の責任逃れを応援するために、意識的にその曲解を押し通そうとしているのでしょう。
下に、ベラルーシでの甲状腺ガンのデータを示します。
原発事故後と事故前で、大人で2.6倍、子どもでは47.6倍にもなっています。
また、1990年、91年を境に、一気に見つかる数が増えているのがお分かりだと思います。繰り返しますが、これは”その年にガンが見つかった人の数”であって、”その年にガンができた人の数”ではありません。
もし、福島で事故後4年目5年目で、チェルノブイリのような甲状腺ガン患者の増え方をしたら、とんでもない患者数になります。
当方の考え方は、チェルノブイリでは4年目5年目以降にしか見つからなかった初期ガンの患者の一部が、福島では1年目から見つかっているというものです。この説が正しければ、4年目5年目でチェルノブイリのような増え方はしないはずです。これは”不幸中の幸い”の類なのですが、間違っていないことを祈ります。
早く見つければ見つけるほど治療はしやすくなるし、再発や転移の可能性も減るからです。
とにかく、検査態勢を充実して、被ばくした子どもたちの健康を一生見守っていく責任が政府に求められています。
なによりも、政府と東電は、今、見つかっている子どもたちの甲状腺ガンと原発事故との因果関係をはっきりと認める必要があります。
一方で、チェルノブイリでは、大人の甲状腺ガンも増えました。日本では、今のところ何の対策も取っていませんが、これもまた、たいへんに心配です。