改訂版を書き上げましたので、ここに公開いたします。福島第1から漏出した放射性物質の種類は、数百種類とも1000種類以上とも言われています。主な31核種に関しては、原子力・安全保安院から試算値が発表されています。
『放射性物質放出量データ』【原子力・安全保安院】(現在リンク切れ)
内部被ばくが大きな問題としてクローズアップされる中、事故直後に、原発至近に暮らす人々はもとより、私たち東北・関東に暮らす人間は、いったいどの程度の放射性物質を呼吸によって体内に取り込んだ可能性があるのか… あるいは、あの時期、どれだけの放射性物質が空気中に漂っていて、それが地面に落ち植物などに吸収され、内部被ばくに、どうつながっていくのか… 福島第1から出た放射性物質の核種別の量は、上記の通り、一応、明らかにされているのですが、その行き先は、放射性セシウム以外は、まともに追跡されていないのが現状です。
それを知るためには、事故直後に大気中にあった放射性物質の濃度が鍵になります。対応が後手後手に回ったため、日本政府は、それを調べていないのか、あるいは隠しているのかは分かりませんが、いまだに詳細なデータは発表されていません。
一方、アメリカの政府機関が、福島県内や茨城県、東京都内などで、詳細なサンプリング調査を実施し、データを公開していたことが判明しました。
NNSA(National Nuclear Security Administration:アメリカ国家核安全保障局)による大気中のダストを分析したデータです。
7000件ものサンプリングデータがあり、アメリカ政府および米軍が、福島第1から飛来する放射性物質に対して、きわめて神経質になっていたことが伺えます。
上記のページから詳細にわたるCSVファイルがダウンロードできます。
ヨウ素・セシウム・ストロンチウム・テルル・ネプツニウムなどが検出されています。
GPSのデータが付いているので、計測場所も正確に分かります。東京港区のアメリカ大使館や各地の米軍基地をはじめ、担当者の自宅と思われる場所や、高速道路のサービスエリアやドライブインレストランの駐車場と思える場所もあります。
米軍が、これだけ自由に日本国内を動き回っていたのか、と気味悪く感じる部分もありますが、データが全面公開されているので、今回はそのことに噛みつくのはやめましょう。
以下は、特に目立つデータを抽出した一覧です。
「NNSA(アメリカ国家核安全保障局)による大気中のダスト分析データ」より
では、項目や核種に分けて、解説を試みます。
●検出結果の単位について
NNSAのデータは、基本的に、マイクロキュリー/ミリリットルという単位で記されているので、これを<1マイクロキュリー/ミリリットル=3.7×(10の10乗)ベクレル/立方メートル>という換算式で、ベクレル/立方メートルに換算しました。
元データのごく一部(7000件の内の12件)だけが、単位が違っていて、単なるマイクロキュリーになっていました(これが誤報の元でした)。これもサンプルの体積で割った上で換算し、ベクレル/立方メートルにしてあります。
●当面の基準値
検出された数値が高いのか、低いのかを見極めるためには、どうしても基準値が必要になります。
法令により定められているのは、「排気中濃度限度」です。
『排気中濃度限度』【ATOMICA】
ゴチャゴチャと書いてありますが、要は、その環境下で3か月暮らした場合の被ばく量を一年に換算した時に、外部被ばく・内部被ばくを合わせた実効被ばく線量が年間1ミリシーベルトに達するかどうかで決められている限界値です。
過去の放射能漏れ事故などにおいても、基準値として採用されてきています。
では、NNSAのデータを読み進めましょう。
●ヨウ素131
まず、甲状腺がんを引き起こすヨウ素131。濃度限界は、5ベクレル/立方メートルです。
データを見ると、福島県内では、2250ベクレル/立方メートルという極めて高い数値が記録されています。なんと濃度限界の450倍。
茨城県にまで、かなり高い値が及んでいます。
元データを丹念に見ていくと、千葉市稲毛海岸で32ベクレル/立方メートル、米軍立川基地で16ベクレル/立方メートル、東京港区のアメリカ大使館でも7.3ベクレル/立方メートルという値が出ています。相当広い範囲で、5ベクレル/立方メートルという濃度限界を超えたのです。
福島では、子供たちの甲状腺検査が始まっています。異常が出ないことを祈るばかりです。
一方で、配布できたヨウ素剤を、なぜ生かすことができなかったのか… その責任は追及されなければなりません。
●セシウム137
いずれの検出値も、濃度限界の30ベクレル/立方メートルには及びません。比較的速やかに地面に落ちたと考えるべきなのかも知れません。
ただ、半減期が30年と長いので、今後の除染作業等で、セシウム137が、ふたたび大気中に舞い上がることのないよう、十分に配慮する必要があります。
また、セシウム137による土壌汚染は深刻で、その対策が急がれていることは言うまでもありません。
●ストロンチウム90
ストロンチウムに関しては、計算し直したところ、いずれも濃度限界以下の値ではありました。
本当に遠くまでは飛んできていないのか、それとも、速やかに地面に落ちてしまったのか… 現在、何カ所かで、土壌中のストロンチウム90の値について、議論になっています。まずは、その結果を待つしかないのかと思っています。
しかし、いずれにしても、ストロンチウムは一旦体内に入ってしまうと大変に危険です。
大気中から地面に落ち、水に溶けて、植物に吸収される。それを人間が食べるという食物連鎖がひとつ。牧草に吸収されて、それを乳牛が食べ、牛乳に濃縮され、それを人間が飲むという連鎖もあります。
体内にあるストロンチウムを検出するのは至難の業です。ベータ線しか出さないので、ホールボディーカウンターには反応が出ません。体内実効半減期は18年と長いため、尿にもごくわずかしか出てこないので、尿検査でも、なかなか見つからないでしょう。
テルル129m(半減期:33.6日)は、ベータ崩壊して半減期1600万年の放射性ヨウ素129に変わる放射性物質です。
体内に取り込んだ場合、テルル129mそのものによるベータ線内部被ばくと、娘核種のヨウ素129によるベータ線内部被ばくの両方を心配する必要があります。テルル132(半減期:3日)も同様で、娘核種はヨウ素132(半減期:2.3時間)。いずれも警戒の要有りです。データを見ると、テルル239mで最大237.54Bq/立方メートル、テルル132で831.76Bq/立方メートルという値が出ています。いずれも、濃度限界は20Bq/立方メートルですから、10倍から40倍という、大変に高い危険な数値と言えるでしょう。2種類のテルルとも、自然界には存在しない放射性元素です。環境中に、その存在が認められれば、核燃料が損傷したという証です。1号炉の核燃料の85%以上が溶け落ちたことが明らかになった今となっては、呆れるしかないのですが、日本政府は、事故直後にテルル132を検出しながら、6月3日までその事実を隠してきたという事実が有ります。本ブログ「テルル132と情報の隠蔽」参照NNSAのデータでは、3月21日には、テルルの漏出が確認されています。そのデータは、日本政府にも伝えられたはずです。本当に隠すことを第一義にしているとしか思えません。●プルトニウム239などの超ウラン元素
NNSAの7000件のデータの中で、超ウラン元素が特定されているのは、ネプツニウム239(半減期:2.4日)だけです。
5月8日に福島県岩瀬郡鏡石町岡ノ内で、553.10Bq/立方メートルが検出されています。
ネプツニウム239は、下のような崩壊過程の中で、生まれ、そして消える放射性物質です。
そのまま拡散することなく崩壊したとすると、変わった先のプルトニウム239の濃度は、0.00015Bq/立方メートルになります。プルトニウム239の濃度限界=0.008Bq/立方メートルは下回ります(この計算では、すでに存在していたプルトニウム239は算入されませんが)。ただ、心配なのは、アルファ線総計値を見ると、福島県内では4Bq/立方メートル以上、都内でも1Bq/立方メートル以上が検出されています。アルファ線を出すのは、おもに、プルトニウム、アメリシウム、キュリウムなど、ウランよりも重い元素=超ウラン元素です。
データは、間違いなく福島第1由来の様々な超ウラン元素が、遠くまで飛散したことを意味しています。今となっては、空中を飛んでいることはないと思われますので、土壌のサンプリングなどで、その行方を徹底的に追いかけ、核種を特定し、対策を取る必要があります。●おわりに
残念ながら、NNSAのデータは、5月9日の分までしか公表されていません。
測定をやめたとは考えにくいので、何らかの理由があって、公表を止めているのでしょう。まずは、全データの公開をアメリカ政府に求めるべきだと考えます。そして、日本政府や自治体も、もっともっと丹念にモニタリングを行うべきです。ストロンチウムも、まだまだ調べられていません。プルトニウムをはじめとする超ウラン元素に関しても、まったくお座なりな調査しか行われていないと感じるのは、私だけではないでしょう。
福島第1から出たものは、必ずどこかにたどり着いています。その行き先を確かめ、ひとつひとつ対策を取っていかないと、多くの人の健康が、いや、命までもが危うくなります。
データは納税者のものであり、電力消費者のものであり、今回の事故で被害を受けたすべての人のものであり、この列島で、いやこの星で暮らすすべての人のものです。