今回は、「安全な原発はあり得ない」というお話です。
臨界とか臨界反応とか言いますが、これは連鎖的核分裂反応のことです。一つの原子に中性子が飛び込むことで、その原子が核分裂。その時に飛び出す中性子が、次の原子に飛び込んで… という反応が続きます。連鎖的核分裂反応を起こす物質は、ウラン235とプルトニウム239だけです。
図のように核分裂物質(ウラン235またはプルトニウム239)が二つに割れる時に出る中性子を即発中性子【prompt neutron】と呼びます。
臨界以下の状態では、生まれる中性子の数が足りず、連鎖的な反応は起きません。ところが、核分裂物質の「濃度」「大きさ」「形状」が、ある条件を満たすと臨界に達します。そうなると、今度は一気に反応が進むのです。マッチで花火に火を点けようとしても、なかなか点かないことがありますね。しかし、ある瞬間、一気に火が噴き出します。そんなイメージです。
「形状」で言うと、球がもっとも臨界に達しやすい形です。理由は、表面から逃げる中性子の数が少ないから。原爆では、通常爆薬の爆発力でウラン235やプルトニウム239を球形の一塊にし臨界点を超えさせ、急激な連鎖的核分裂反応(=核爆発)を起こします。
逆に言うと、即発中性子だけで臨界点を超えてしまうと、原子炉は暴走し、そう簡単に止めることはできません。ガスレンジの火だけならガス栓を閉めれば止まりますが、その火が天ぷら鍋に入ってしまうと、そう簡単には消せません。それと同じです。
通常運転中の原子炉の中で飛び交っている中性子の99%は即発中性子です。では残りの1%は?
遅発中性子【delayed neutron】と呼ばれるものです。
核分裂によって生まれる核分裂生成物の中には、崩壊する時に中性子を放出する元素があります(バリウム87など現在までに45種類が知られています)。この中性子の放出は、核分裂から0.2秒~1分くらい遅れて起きるので、遅発中性子と呼ばれます。
核燃料(燃料棒の束)の中には、出し入れの出来る制御棒があります。材料は、中性子を吸収しやすいカドミウムなど。遅発中性子は速度が遅いので、その数を制御棒によってコントロールできるのです。
もし、制御棒を引き抜き過ぎてしまうと、即発中性子だけで臨界点を超えてしまいます。これを即発臨界と呼んでいますが、要するに原子炉暴走。チェルノブイリは、まさにこの状態になりました。
【過去の臨界事故例1】
【過去の臨界事故例2】
そのほとんどが、即発臨界だったと考えられます。なぜなら、意図せずに起きる臨界状態で、「即発中性子の数が、臨界量に対して99%以上、100%未満」という狭い範囲に納まるのは、余程の偶然が重ならない限りあり得ないからです。
分かりやすいように具体的に見ていきましょう。
まず、1999年に東海村で二人の命を奪い、多くの住民を被ばくさせたJCO事故。高速増殖炉の研究に使う核燃料の製造工程で、ウラン溶液が臨界を越えてしまいました。国もJCOも正式には認めていませんが、最初の段階で即発臨界を起こしたのは間違いありません。この図で、「最初のバースト」と書かれているのが、即発臨界です。
即発臨界は、長い時間は続きません。次々と核分裂が起き、ウラン235の数が、あっと言う間に減って、濃度が下がっていくからです。
そして、臨界量に対して、即発中性子が99%、遅発中性子が1%程度になったところで、原子炉内と同じような遅発臨界状態に。JCO事故では、ウラン溶液の周りに冷却水があり、これが遅発中性子をはね返し、外に逃げる中性子が少なかったため、20時間という長い時間に渡って臨界状態が続きました。即発臨界のピーク時に比べて、遅発臨界の状態では、核分裂反応の回数は千分の一になっています。それでも、事故現場の中性子線量がとても高く、臨界を抑えるための作業は命がけでした。小さな原子炉が裸の状態で運転を続けているのと一緒ですから。
福島第1の事故では、3号炉で「即発臨界爆発」が起きたのではないか?と騒ぎ立てる向きもありますが、これは正確ではありません。
まず、即発臨界爆発とは核爆発のこと。核燃料のウラン濃度やプルトニウム濃度では核爆発は起きません。
一方、1号炉から3号炉まで、いずれも地震直後に制御棒が全挿入され、一旦は、核分裂連鎖反応が止まっています。その後、冷却水が止まったために、炉心溶融が起きるのですが、溶け出した核燃料が、一部で「濃度」「大きさ」「形状」の条件を満たして、再臨界を起こした可能性は否定できません。もし起こしていれば、ほぼ間違いなく最初は即発臨界に達したはずです。大きな熱エネルギーが出ますから、さらに炉心溶融は加速。水素の発生も促進されたでしょう。ですから、再臨界(即発臨界)が、より大きな水素爆発を引き起こした可能性はあります。
さらに、プルトニウム239はウラン235よりも即発臨界に達しやすいとされていますので、MOX燃料を使っていた3号炉で、1号炉より大きな水素爆発が起きた理由とも考えられます(現在までに、福島第1で再臨界が起きたとは確認されていません)。
話を戻しましょう。
通常の運転か、原子炉暴走かの境目は、たった1%です。ちょっとしたトラブルや操作ミスで、即発中性子が臨界量を越えた途端に原子炉は暴走します。この暴走は簡単には止められません。かと言って、99%を切ると連鎖的核分裂反応が維持できません。
よくこんな危険な技術に、「人類のエネルギーの夢を託す」なんて言ってきたものです。人類が原子炉を初めて作ったのは1942年の事。原爆を作るためでした。それから69年。もう、『たった1%の綱渡り』から、私たちは足を洗う必要があります。