プルトニウム再考

「アメリカ・カリフォルニア州で過去最高値の約43倍のプルトニウム検出」という情報がインターネット上で話題になったのは3月下旬から4月下旬にかけてでした。「プルトニウム カリフォルニア」で検索をかけると今も多くの記事がヒットします。
私自身は、「重たいプルトニウムであってもアメリカ西海岸まで飛ぶこともあるんだ」程度にしか考えず、一方で、この情報の真偽を疑う声もあったため、大きく気に留めることはしませんでした。しかし、考えを改める必要が出てきました。この間、大きな話題となっているのが、西海岸のシアトルにまでプルトニウムが飛来しているとするアメリカの原子力専門家・アーニー・ガンダーセン氏の発言です。
6月7日、CNNでホット・パーティクル(プルトニウムを含む高放射性粒子)の恐ろしさを訴えています。この動画ではさらに分かりやすくホット・パーティクルの恐ろしさを語っています。ガンダーセン氏はスリーマイル事故調査団メンバーの一人でした。ところで、ホット・パーティクルとは何なのでしょうか?「プルトニウムを含む高放射性粒子」とは定義されますが、今一つ理解し難いです。
それは、私たちがこれまで、原子炉から漏出した核分裂生成物は、キセノン133やクリプトン88のように気体となって拡散するか、ヨウ素131(一部は気体で拡散)やセシウム137、ストロンチウム90のように一種類の原子あるいは分子が大気中の塵などに乗って広がると考えていたからです。
原子や分子が塵に乗るメカニズムは、物質が液体から気体になる温度=沸点と関係しています。セシウムの沸点は671℃、ストロンチウムの沸点は1382℃。燃料棒の主体である二酸化ウランの融点は約2800 ℃ですから、炉心溶融が起きた時点で、一部のセシウムやストロンチウムは、一旦気化していたに違いありません。それが大気中の塵に触れた瞬間に冷やされて固体になり、同時に塵にくっつきます。冷凍庫で冷やしたグラスを外に出すと、空気中の水蒸気が霜になってグラスの表面に付きますね。そんなイメージです。

一方、プルトニウムの融点は640℃、沸点は3235℃です。酸化プルトニウムの状態だったとすると融点が2400℃なので、沸点はもっとずっと高いでしょう。ということは、炉心溶融に至ってもプルトニウムは気化せず、そのほとんどが溶岩が冷えて固まったような状態の核燃料の中に残っていることになります。
逆に言えば、溶けて固まった核燃料の溶岩の中には、プルトニウム239、ウラン235・238、コバルト60などと、気化せずに残った分のセシウム134・137、ストロンチウム90などが含まれます。荒い合金のような状態で、大きな塊から小さな粉末まで様々な形や大きさをしているはずです。そして、この核燃料溶岩の微粉末こそがホットパーティクルなのです(少々無理して喩えるなら、火山爆発の火山灰に当たるのがホットパーティクルと言えるかも知れません)。それは壊れた原子炉内の空気や水蒸気の対流によって、大気中に巻き上げられていきます。水素爆発によって遠くまで飛散したことも事実でしょう。
「プルトニウムは比重が鉛の2倍もあるから遠くまで飛ばない」という説がありますが、確かに単体では飛びにくいでしょう。しかし、他の元素と一緒になってホット・パーティクルになったとき、全体としては軽くなります。また、粒子は小さくなればなるほど、体積に対する表面積の比率が大きくなり、空気の抵抗を受けて、舞い上がりやすくなります(石ころは風ではそう簡単に飛びませんが、石の微粒子である砂はちょっとした風で空に舞い上がります)。さらに、ホット・パーティクルが、小さな気泡を含んでいれば、より軽くなって飛びやすくなります。

ガンダーセン氏の警鐘に戻りましょう。
4月。東京ではクルマのエアフィルターからホット・パーティクルが検出されていました。その量は、一人が毎日10個のホット・パーティクルを呼吸によって肺に取り込む量でした。福島では、その30倍から40倍と推測され、アメリカ西海岸のシアトルでさえ、4月中は、一人一日5個を吸い込む量でした。それらは、やがて肺ガンを引き起こす可能性があります。京都大学の小出裕章さんは論文の中で、たった2個のホット・パーティクルで、細胞がガン化する危険性が1/1000としています。

ガンダーセン氏の警鐘と東電や国が発表してきた「微量のプルトニウム検出」と間には随分温度差があります。これはなぜなのでしょうか?
一つは、検出の方法にあります。プルトニウムが放出する放射線はアルファ線。これは陽子2個、中性子2個からなる粒子線で、DNAを傷つける力はベータ線やガンマ線の20倍と強力ですが、透過力は弱く、空気中では数センチしか進めず、紙1枚でも遮ることができます。従って、特殊な計測器でなければ、プルトニウムが出すアルファ線を捕まえることはできません。

アルファ線は、生体内では数十マイクロメートルしか進むことができません。ですから、プルトニウムによる外部被ばくを考えるとき、塊に直接触れたりするようなことがなければ、その危険性はありません。アルファ線は、仮に体表まで到達したとしても、表皮より内側には影響を及ぼせないからです。
しかし、体内に入った場合の内部被ばくは深刻です。例えば、肺に入り込んである場所に止まったとすると、半径数十マイクロメートルの範囲にアルファ線を浴びせ続けるのです。ガン化しない方が不思議なくらいです。

プルトニウムの怖さは、基本的にガンマ線による外部被ばくの量しか示さない、○○シーベルトでは計り知ることができません。また、一旦、肺の中に入ってしまったプルトニウムおよびそれが発するアルファ線を体外から検出することは不可能です。対策は、プルトニウムを体内に入れないこと。それしかないのです。
私たちがプルトニウムを体内に取り込まないようにするためには、できるだけ多くの場所で、大気や土壌のサンプリングを行って核種を分析、直ちにその情報を公開し、必要ならば除染を進める必要があります。ガンダーセン氏がよりどころにしたクルマのエアフィルターを分析する方法も、たいへん有効だと思います。

繰り返しになりますが、空間線量の計測だけでなく、多くの場所で核種分析を徹底して行うこと。これを進めなければ、プルトニウム汚染の実態を知ることはできません。

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