原 子 力 の 話  
     
     
はじめに

2011年3月21日。私はこの文章を書いています。東北沖で起きた大地震と津波によって福島第1原発が重大な事故を起こしてすでに11日目。事態は収束の兆しを見せていません。
一方、今回だけではありませんが、原発事故を巡っては、不正確な報道や分かり難い解説(中には意図的に誤魔化していると考えられるものも)が飛び交っています。原子力や原子力発電の仕組みやその危険性をすべての人が理解してこそ、それが本当に必要なのか不要なのか、そういった議論が始められると考え、走り書きですが、できるだけ分かりやすい解説を試みました。

原子力発電所とは

原子力発電で電気を作る仕組みは、火力発電と同じです。熱で水を沸騰させ、熱い水蒸気を作り、その圧力で発電機の羽根車を回します。原子力発電所には、大きく分けて沸騰水型と加圧水型がありますが、沸騰水型はまさに前記の通り。加圧水型は水蒸気を発生させるメカニズムが二段構えになっていますが、水蒸気で発電機の羽根車を回すという意味では、まったく違いはありません。
では、火力発電と原子力発電の違いは何か? 石油や石炭・天然ガスを燃やした時に出る熱の代わりに、原子の核分裂反応で生じる熱を使っていることに尽きます。

ウラン235という物質

原子力発電に用いられる原子はウラン235。原子名の後ろに付いている数字は「質量数」と呼ばれるものです。
質量数は、原子の中心にある原子核の中にある陽子の数と中性子の数を足したものです。原子は、陽子・中性子・電子その他の素粒子から成り立っていますが、陽子と中性子以外は非常に軽いので、原子の質量をおおまかに示す数字として「質量数」が使われます。

ウラン235は地球上に自然に存在する原子の中で、唯一、連鎖的に核分裂を起こす原子です。
天然に産出するウランは、ウラン238が約99.3%、ウラン235が約0.7%という割合になっています。この割合は産地によって変わったりするものではなく、世界中どこで掘っても同じです。この内、連鎖的な核分裂反応を起こすのはウラン235で、ウラン238は比較的安定しているため、滅多に核分裂をおこしません。
但し、天然ウランの状態ではウラン235の核分裂反応は連鎖的にはなりません。ウラン235の濃度が足りないからです。このため、原子力発電では、濃度を2%から5%にまで高めた低濃縮ウランを使用します。ちなみに、ウランで原爆を作るためには、ウラン235の濃度が90%以上の高濃縮ウランが必要です。1945年に広島に落とされた原爆は、このタイプのものでした。

原爆と原子炉

では、核分裂反応について説明を進めましょう。
ウラン235は、ある濃度である分量以上が集まると「臨界」という状態になります。臨界状態にあるウラン235に中性子1個をぶつけると、熱エネルギー(若干の光エネルギーも)とともに2~3個の中性子を放出しながら二つの原子に分裂します。普通は壊れることのない原子核が分裂することから核分裂と呼ばれるわけです。さらに、1個のウラン235の核分裂で飛び出した中性子は、近くにある別のウラン235に吸収され、次の瞬間にはこのウラン235も中性子を放出しながら2つの原子に分裂します。こうしてウラン235が次々と核分裂を起こしていく現象が「核分裂連鎖反応」です。


ウラン235の核分裂によって放出される熱エネルギーは、同じ重さで比較すると、石油の230万倍、石炭の300万倍です。1グラムのウラン235が核分裂すると、石油なら2000リットルを、石炭なら3トンを一気に燃やした時に相当するエネルギーが生まれます。

原爆では、この核分裂連鎖反応が一瞬のうち(1億分の1秒の間と言われている)に起きます。広島に投下された原爆には64キログラムものウラン235が使われていました。核分裂を起こしたのは、その内の1キログラム弱でしたが、それでもTNT火薬に換算すると16キロトン分に相当する大爆発を起こし、広島を焼き尽くしました。

このウラン235の核分裂連鎖反応をゆっくりと進めて、発電に必要な熱を取りだそうというのが原子力発電です。
発電所の心臓部である原子炉内には、低濃縮ウランが燃料棒という形で挿入され、たくさんある燃料棒の間は水で満たされています。
ギリギリの臨界状態を保って、核分裂連鎖反応をゆっくりと起こさせるためには、中性子を吸収しやすいホウ素やカドミウムなどでできた制御棒を使います。制御棒が原子炉内に深く入れれば入れるほど、炉内を飛び交う中性子の数が減って、核分裂連鎖反応は弱まります。引き抜いていけば、原子炉内の温度が上がって、たくさんの水蒸気が発生します。核分裂連鎖反応で生まれた熱で発生した水蒸気は、発電機へと送り込まれます。発電機を回したあとは、冷えて水になり、ふたたび原子炉内に戻ります。

少しだけ先回りして説明しておきましょう。原子炉内を循環する冷却水や水蒸気は、燃料棒に直接触れるため、次に説明する核分裂生成物を大量に含んでいます。こういった冷却水や水蒸気は、絶対に外部に出してはいけないものです。しかし、今回の福島第1原発の事故では、核分裂生成物に汚染された水蒸気を逃がすことで、原子炉本体の爆発を防いでいるのが現状です。もちろん、原子炉本体の爆発は最悪の事態ですから、避けなければなりませんが、水蒸気とともに漏れ出した核分裂生成物が、今後、長期間に渡って、環境汚染や健康障害を引き起こす可能性があることは言うまでもありません。

核分裂生成物(死の灰または放射性廃棄物)

臨界状態のウラン235は、核分裂によって2~3個の中性子を放出しながら二つの原子に分裂し、核分裂生成物が生まれます。核分裂生成物にはたくさんの種類がありますが、特に問題となっているのは、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90です。ここで、あえて質量数を記したのは、それらがいずれも放射性同位体と呼ばれるものだからです。
本来、原子は種類ごとに、安定状態の陽子数と中性子数が決まっています。安定状態に比べて中性子が多かったり少なかったりすると、放射性同位体になります。放射性同位体は放射線(アルファ線・ベータ線・ガンマ線)を放射して、別な原子に変わって安定しようとします。放射性同位体の寿命は長短さまざまで、半減期(=半分の量に減るまでの時間)で見ると、短いものでは数秒、長いものでは数億年以上にもなります。


例えば、ヨウ素131の場合は、<ヨウ素131→(ベータ線とガンマ線放射)→キセノン131>という流れで、ヨウ素131が半分の量になるまで8日かかります(半減期=8日)。注意する必要があるのは、次の8日で残りの半分が無くなるのではなく、半分の半分(元の1/4)にしかならないという点です。
核分裂生成物は、原爆の時には「死の灰」と呼ばれ、原子力発電では「放射性廃棄物」と呼ばれます。場合によって、似ても似つかぬ呼び方をされていますが、実は同じもので、たいへん危険なものである事に変わりはありません。
ちなみに、ガンマ線というのは、光(電磁波)の一種で、X線よりも波長が短いものです。電磁波は波長が短ければ短いほど大きなエネルギーを持っていますので、ガンマ線を止めるには10センチの厚の鉛板が必要です。ガンマ線は、DNAを傷つけ癌を引き起こすことがあります。

ところで、原子力発電所は、毎日どのくらいの量の核分裂生成物を作っているのでしょうか?出力100万キロワットの原子力発電所は、一日に3キログラムのウラン235を消費します。広島原爆で核分裂を起こしたウラン235は1キログラムです。原子力発電所が、とてつもない量の核分裂生成物を生み出していることはお分かりいただけると思います。ちなみに福島第1原発は、1号炉から3号炉までの合計だけで、200万キロワット以上の出力があります。一日で、広島原爆6個分の核分裂生成物が作られていました。

外部被曝と内部被曝

人体が受ける核分裂生成物からの放射線には、「外部被曝」と「内部被曝」があります。テレビニュースなどで、「放射線量は○○マイクロシーベルト」などと言っているのは、大気中に浮遊する核分裂生成物が直接発した放射線量で、これが人に当たると外部被曝となります。大量の外部被曝を受けると造血作用などが破壊され、数日で死に至ります。
一方、内部被曝は、呼吸や、水や食べ物を通して核分裂生成物を体内に取り込んだ時に起こるもので、いわば体の内側からの被曝です。核分裂生成物は、原子の種類によって体内の特定の場所に集まる性質があり、そこで連続的に放射線を発し、DNAを傷つけます。従って、内部被曝では外部被曝に比べて少ない量の核分裂生成物で人体に重大な損傷が及びます。

次に、種類別に核分裂生成物の危険性を見ていきましょう。

■セシウム137→(ベータ線放出)→(ガンマ線放出)→バリウム137   半減期=30年
セシウム137に汚染された空気や飲食物を摂取することで、体内に取り込まれます。体内に入るとカリウムと容易に入れ代わり、血液の流れに乗って腸や肝臓にベータ線を放射(体内被曝)。DNAを傷つけ癌を引き起こします。ベータ線とは放射性物質が崩壊する時に放出する電子線で、アルミ板や厚さ1㎜ほどのプラスチック板で止められます。しかし体内では、すぐ近くの細胞に確実に損傷を与えるためたいへん危険です。
原子の周期律表で見ると、セシウムがカリウムと同じ一番左の列(アルカリ金属)に属すことが分かります。同じ列にある原子は似た性質を持っているため、セシウムはカリウムと入れ代わりやすいのです。

■ストロンチウム90→(ベータ線放出)→イットリウム90   半減期=30年
汚染された牧草を食べた乳牛を経て、牛乳で人体に取り込まれることが多いとされます。一旦土壌に染み込んだストロンチウム90が、野菜や穀物に吸収されて、人体に入ることもあります。
体内では、骨の中のカルシウムと置き換わって、白血病などを引き起こします。 骨にストロンチウム90が蓄積し、至近距離から遮蔽物無しで骨髄にベータ線を照射し続けるのです。
周期律表では、ストロンチウムはカルシウムと同じ左から二番目の列(アルカリ土類金属)に属します。

■ヨウ素131→(ベータ線放出)→(ガンマ線放出)→キセノン131   半減期=8日
ヨウ素そのものは人にとっての欠かせないものです。体内で甲状腺ホルモンを合成するのに必要だからです。自然界に通常に存在するヨウ素は、質量数が127のヨウ素127。
人体は、ヨウ素127とヨウ素131を見分けることができないので、ヨウ素131が体内に入ると甲状腺に蓄積、そこでベータ線とガンマ線を放射。甲状腺癌を引き起こします。

外部被曝では、全身で平均的に放射線を受ける形になりますが、内部被曝では、体内のある器官が集中的に、それもある程度の期間に渡って連続して放射線を受けることを知らなくてはなりません。「自然界から受けている放射線の1/10だから」とか「成田・ニューヨークを飛行機で往復した場合の1/4だから」といった比較が、いかに意味の無いものか、お分かりいただけるかと思います。広島や長崎の被爆者が今でも新たに癌を発症するのは、原爆で受けた外部被曝の影響によるものではなく、原爆が作り出した死の灰(核分裂生成物)による内部被曝が原因と考えられています。

東京で、空気中に浮遊する核分裂生成物の量を原子の種類別に知るためには、以下のサイトが便利です。
東京都産業労働局HP http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/whats-new/measurement.html

プルトニウム239

ウラン235の核分裂によって生まれる原子の1つにプルトニウム239があります。ウラン235が二つに割れて生じるものではなく、核分裂連鎖反応の際に余った中性子を、ウラン238が吸収してプルトニウム239に変わるのです。
プルトニウム239は核分裂連鎖反応を起こすので原爆を作れます。長崎に投下されたのはプルトニウム原爆でした。また、ウランに比べると濃縮が容易なので、アメリカ、ソ連(ロシア)、イギリス、フランス、中国以外の国が作った原爆は、すべてプルトニウム原爆だとされています。低濃縮ウランを原子炉で核分裂させてプルトニウム239を作り、それを使って原爆を作るのです。こうすれば、高濃縮ウランを作るという難しい技術が不要なのです。

また、プルトニウム239をウランに混ぜて原子炉燃料に使うプルサーマル発電もあります。プルサーマルに使う混合燃料をMOX燃料(Mixed oxide fuel)と呼びますが、原子炉が事故を起こした場合、ウラン燃料以上に深刻な環境汚染を起こすと言われます。今回、福島第1原発3号機がMOX燃料を使用しており、より心配な状況です。

使用済み核燃料

使用を終えた核燃料(燃料棒)はどうなるのでしょうか?
ウラン235が減ってくると核分裂連鎖反応が起きにくくなるため、ウラン235を1/3ほど消費したところで新しい燃料棒に取り替えます。この使用済み燃料棒には、残ったウラン235の他に、核分裂生成物とプルトニウム239が大量に含まれていることはお分かりでしょう。
核分裂生成物は放射線を出しながら発熱していますので、使用済み核燃料貯蔵プールで水につけて保管します。この水は循環させていないと燃料棒自体が発する熱で沸騰・蒸発してしまいます。水が減って、燃料棒が水面から出てしまうと、核分裂生成物が大気中に拡散してしまい、たいへん危険です。また、このプールで使用した水も核分裂生成物を含みますので、本来、外部に流出させてはいけないものです。
今回、福島第1原発では、複数の使用済み核燃料貯蔵プールで水の温度が上昇し、水素爆発によって、プールを覆っていた蓋が吹き飛んだのは、ご存じの通りです。一部では燃料棒が大気中にむき出しになったようです。

炉心溶融と再臨界

次は、原子炉内で起きる重大事故についてです。
まず、何らかの理由で冷却水が不足したり、その循環が止まったりすると、燃料棒はみずから発する熱によって溶けて出します。これが炉心溶融です。原子炉の一番内側の容器を圧力容器と呼びますが、炉心溶融が進んで、圧力容器内の水が極めて少ないか、まったく無い状態になると、溶けた核燃料の塊(溶岩か銑鉄のようなイメージでしょうか)が圧力容器の底を破り、その外側にある格納容器にある大量の水と触れ、水蒸気爆発を起こします。真っ赤に燃えさかる木炭や石炭をバケツの水に落とした時にバッと水蒸気が撥ねますね。あれの大規模なものと考えてください。水蒸気爆発とともに、原子炉は粉々になり、ウラン235もプルトニウム239も核分裂生成物も、大気中に飛び出していきます。チェルノブイリの事故では水蒸気爆発が起き、広島原爆の400倍もの量の放射性物質が放出されました。
炉心溶融のもう一つの行き先は再臨界です。燃料棒は一本だけでは臨界状態になりません。それは、ウラン235が細い燃料棒に少量ずつ納められているからです。しかし、炉心溶融が起きて、ある量の核燃料がひとかたまりになり、その中で占めるウラン235の量が一定の量を超えると、臨界に達する恐れがあります。原爆とは異なりますが、制御下にない核分裂連鎖反応であることは同じです。膨大なエネルギーとともに、中性子が飛び出し(飛び交う中性子を中性子線と呼ぶ)、核分裂生成物が生まれます。福島第1原発では、今のところ、中性子線量が上がったという情報はありませんので、再臨界には達していないと考えたいです。ただ、今後の展開によっては、再臨界が起きる可能性も否定しきれません。そうなれば、大規模な水蒸気爆発か水素爆発が起き、放射性物質が広い範囲に撒き散らされると考えられます。

崩れ去った安全神話とクリーン神話

福島第1原発の状況を見れば、原子力発電の安全神話が完全に崩れ去ったのは明白です。綱渡りのような臨界制御、危険と隣り合わせだった使用済み核燃料の貯蔵、そして、電気を作るための原子力発電所が、外部からの電気の供給無しには運転も安全管理もできなかったという馬鹿げた話まで。冗談めかしてはいけませんが、福島第1原発は原発事故の博覧会状態です。考え得るほとんどの事故が起きています。臨界制御だけでなく、原子力発電所のシステムそのものが、実は綱渡り状態だということは明白です。
一方、ここ数年、世界的に原子力発電のクリーン神話(二酸化炭素の排出量が少ない)がもてはやされ、各国で原発の新設や建設再開を目指す動きがありました。しかし、ひとたび事故が起きれば、広い範囲に放射性物質に撒き散らす原発のどこがクリーンなのでしょうか?
推進派の人たちは、原発の経済性も自慢してきました。しかし、使用済み核燃料の処理にかかる費用まで、ちゃんと計算しているのでしょうか?また、事故が起きた時の補償はどう計算していたのでしょうか(原発事故時の被害は補償を受けてどうこうというレベルの問題ではありませんが)?この先、福島第1原発周辺の農業と漁業はどうなってしまうのでしょうか?数え上げたら切りがありません。

おわりに

今回、慌ててこの原稿を書くにあたり、武谷三男編『原子力発電』(岩波新書)を大いに参考にしました。武谷先生は理論物理学者として、湯川秀樹先生の「中間子理論」に貢献した一人です。一方で、「科学者の社会的責任」に注目し、原発の危険性について積極的な発言を続けてきました。
実は、私はある大学の物理学科で武谷先生によるゼミに参加していました。その武谷ゼミで副読本の一冊として使ったのが『原子力発電』だったのです。今回、読み直して驚いたのは、1976年発行のこの本の中身が、まったく古びていないことです。そして、武谷先生が『原子力発電』の中で指摘した原発の危険性のいくつかが、福島第1原発で事故として具体化してしまいました。原発の危険性は、実はずっと前から分かりきっていたものだったのです。

私たちは、原子力発電をどうすべきなのか?その仕組みと危険性を知り、判断を下さなければなりません。あまりにも多くのことが隠されてきたし、メディアがそれを暴くこともありませんでした。今回の報道を見ていると、新聞やテレビの記者ですら、いまだに正しい理解に達していない部分が多々見られます。一方で、原子力発電について、本当のことを知ろうと努力をしてこなかった私たち自身も反省が必要です。
進行中の福島第1原発の事故は、まだまだ被害を広げていくことでしょう。「この事故を教訓に」なんて言える段階ではありませんが、原子力発電について、本気で考え直すことが必要になっているのは間違いありません。

追記:
今回の原稿は、武谷ゼミで先生から教わったことや、皆で議論したことなどを思い出しつつ、さまざまなホームページに上がっている情報を参考にして書いています。武谷ゼミでは、間違いなく劣等生だった私ですが、少しだけ武谷先生への恩返しという思いも込めました。

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